私の2次情報。

渋谷のITベンチャーで働くゲイが、フィールドワークとかニュースで見つけた1次情報に、解釈を付け加える。主観的だし、正しくない。

資本主義的に強い人を観察してみての、資本主義の問題点

はじめに

友人のまた友人のマンションを買った人のホームパーティに参加しました。

夜景も綺麗だし、部屋も広いし、ベランダでBBQできるけど、
オーナーの人は、みんな帰る時、急に静かになるからめっちゃ寂しそうでした。

そこから考えた資本主義の問題点です。
宮台真司さんの言論をお借りしてます。

ワークライフバランスの重要性

やっぱり、経済を回すことと、社会を回すことは反対で、ワークライフバランスって大事なのかなーと思いました。

ワークライフバランスって言うと、「遊びまくるんだろ!」って日本の人は思うけど、そーじゃなくて社会参加とか共同体を作って、小さい政府でも共同体として社会を自立して支えるってことだと、宮台真司さんは言っています。

遊びまくったとしても、やりたいことで稼ぐ人とかyoutuber見てたりしてるといるし、いろいろな共同体に所属していたほうが、僕は健全だと思います。
それに、プライベートから仕事に活かせる事ってたくさん見つかると思ってます。

だって、会社って共同体は、共同体自体でなくて、利益とかの追求が目的だから、なんだかんだ業績悪くなればリストラにもあうし。共同体の中で、肩書きや条件付きの承認しか得られないからです。

例えば、営業中心の会社だと、数値をあげてない人は、人と見られないみたいです。これって悲しいことです。そして、営業ってインバウンドじゃないから、頑張れば頑張るほど、いらないものを売ってるんじゃないかな?って。。。

今は、大量消費で機能とかじゃなく、体験価値で差別化していくべきなんだから、マッチングに重きをおくほうが経営戦略としてもいいと思います。

おそらく、営業何人とかの方がPL的に計算しやすいし、労働集約で残業させまくれば利益も上がりやすいし、いいんでしょうね。MBA的な悲しい発想だと思います。

ワークライフバランスで共同体を作ろう。

結局、社会としてのセーフティネットの機能は、地域社会性がないとだめだと思います。
ユダヤとか華僑は、親族のつながりがあるし、ヨーロッパとかは宗教があるけど、日本は地域社会しかないですし。

そういう、承認のセーフティネットを用意しておかないと、
いざ、会社で「価値がない」となった途端、それがまるで絶対的な事実となってしまって、相対化できなくなります。
んで、自殺率高くなってることもあるんじゃないでしょうか?

人の価値ってのは、ビジネス上の価値だけで規定されるなんておかしくて、そんな不安定なものに傾倒しすぎるのは、逆にリスキーだと思います。

それに、もちろんどうすればもっと社会の役に立てるのか?を考えるのは大事だけど、全部価値だけで考えることは、ひたすら終わらないラットレースですからね。

日本は経済を回そうとしすぎて、社会を壊しまくってるし、そこをなんとかしようとしてるから、若者はソーシャルグッドとか、NPOに興味があるんだろうと思います。

ハードワーカーほど、変態的なセックスをする


あとは、普段ビジネスで意味ばかり求める人は、たまにの時に過剰に無意味性=強度を求める気がする。

社長とか、稼いでるフリーランスとか、ハードワーカーには、変態的な趣味のセックスを嗜好する人が多い気がします。おそらく、意味ばかり求めているからでしょう。本当の変態を知らない人は、ちょっとエロいだけで変態と言いますが、ここでいう変態は、本当の変態です。

今日のはいい観察になりました。

検索不可能性の高いコンテンツ(SEO対策しないコンテンツ)が価値が高くなる。

SEO対策をしないコンテンツの方が価値が高い

今日の話は、googleで検索しても出てこないコンテンツ、SEO対策を施していないコンテンツのほうが価値が高いんじゃないの?って思う話です。

そういう流れは出てきていると思っていて、僕の尊敬している夏野剛さんは下記のようなブログ?を更新しています。

夏野剛のググっても絶対出ないハナシ


夏野剛のググっても絶対出ないハナシ | 動画 | 東洋経済オンライン | 最先端のビジネスパーソン、起業を目指す方必読の動画が満載。

検索可能な(SEO対策をした)コンテンツって価値が低いんじゃないか?と思いました。

 

SEO対策をしたコンテンツとはどういったコンテンツか?

seo対策を行ったコンテンツは、すでに検索されたことのあるKW(キーワード)に対して、こういうニーズがあるんじゃないか?とKWに対応したコンテンツを作成します。

そして、これには大きく3つの特徴があると思います。

  1. すでに存在している・顕在化しているニーズに対してのコンテンツになる
    ユーザーが検索している訳だから、ユーザーはそのニーズが欲しいと思っている。
  2. すでに存在しているKWで作るため、競合も似たようなコンテンツを作成し、似たようなコンテンツが溢れる
  3. KWに対策するためのコンテンツになり、その先にビジネスがあるため、KWに対応しただけの浅いコンテンツが生まれ、コンテンツ自体として価値、面白さで完結しない、打算的な流入経路としてコンテンツができる。

例えば、留学情報を集めているとしましょう。例えば、「オーストラリア 留学 メリット デメリット」の検索結果は下記のような形になります。

一位のコンテンツの目次は下記のようなもの。
メリット・デメリットと検索していますが、留学のマージンで稼いでいるビジネスであるため、3にあるようなコンテンツ自体として、デメリットなどの不利な情報は載っていません。

オーストラリアに留学するメリット、なぜオーストラリア留学なのか?

オーストラリアに留学するメリット
オーストラリア留学の安全性
オーストラリアは、他の人気国と比較して留学するには非常に安全な国として人気があります。...
オーストラリア政府の留学生の保護制度
.....

 

2位のコンテンツは下記のようなもの。
メリットとデメリットはまとめられていますが、留学に対する一般的なものでオーストラリアに関する特記事項はほとんどありません。

http://aplac.info/ryu/ryu01(3).html

1-3. 留学のデメリットとメリット
●環境になじむまで
海外生活の経験者ならどなたも実感をもってご理解できると思いますが、自分が今まで生まれ育った国を離れて、言葉も文化も違う環境で暮らしていくことは、それ自体が大きな壁です。...
....

 

3位のコンテンツは下記のようなもの。
こちらもメリット・デメリットがまとまっていますが、デメリットは留学一般的に言えることですし、メリットも1位のコンテンツと似たり寄ったりで、2のようなコンテンツになっています。

オーストラリア留学のメリット

オーストラリア留学のメリット

どうしてオーストラリア留学を選ぶ人が多いのでしょうか?
それは治安が、他の英語圏国よりも良いからでしょう。...

オーストラリア留学のデメリット

では、逆にオーストラリア留学のデメリットというと何があるでしょうか?
やはり初めは言葉の壁があり、なかなか日常会話をするのが大変だと聞きます。...

 

なぜ検索可能性の高いコンテンツは価値が低いのか?

上記のような例でもわかるように、3つの特徴で価値が下がります。

私が特に注目したいのは、1つ目のコンテンツです。それは、検索可能性の高いコンテンツは、ユーザーが言語化できていないニーズには対応できない。ということです。

ただ、よく言う話で、言語情報と非言語情報は5:95で、13倍も非言語情報が多く、ニーズも強いと言われてます。

心理学や脳科学を取り入れた学際的なマーケティング・アプローチ「心脳マーケティング」を提唱するハーバード大学のジェラルド・ザルトマン教授は、「人間は自己の
意識の中で、自分で認識できることは5%にすぎず、残りの95%は自分では認識できていない」と言います。
認識できる5%の意識は、自分自身で言語化することが可能です。
しかし認識できない95%は、意識をもっているにも関わらず、言語化されず非言語のままです。
これが「自分では言語化できない感情」です。

「「意識の95%は非言語」に広告の未来があるかも」アドタイ

http://www.advertimes.com/20140521/article157087/2/

それが、インサイトと呼ばれているものです。
インサイトは、より深いニーズで、市場そのものを作り出すような例が多いです。例えば「美魔女」や、「ニアウォーター」なんかはそれだけで市場を作り出しています。つまり、ブルーオーシャンを作り出す=検索ワードを作り出すんです。

SEO対策をするということは、すでに決められたレッドオーシャンの中で、誰がいち早く・見つけられていない箇所を見つけるか?(または見つけられた箇所を奪うか?)という話になり、競争・奪い合い、というモダンな戦い方です。

また別の機会にまとめて話したいですが、WEBマーケティングは、マーケティングと言っておきながら、数値のみで全ての判断を進めていきます。私はそれには非常に疑問視しているんです。すでに言語化(数値化・検索ワード化・データ化)されていないところにこそ、深いニーズが眠っていて、数値やデータだけで進めれば、誰かが勝てば誰かが負けるという、競争で、共創にはなりません。

※それにブログを始めて思ったのは、SEOKWでつくろうとしたコンテンツはつまらなく、下書きに眠っています笑。どういうことかというと、どうしても浅くなってしまうし、抽象度の高い話にしづらいんです。だから、SEOKWで作ったコンテンツの背景にある思想や考え方は哲学書や社会学などの書籍を通して学ぶしかないんですね。

 

検索可能性の低いコンテンツの可能性を秘めた紙媒体。

週刊SPAの編集長に、下記のような質問をしたことがあります。
「記事の効果検証はどうするんですか?」

正確ではないですが、下記のような主旨の返答がきました。
「ハガキでしか、効果検証はできないので、web媒体より全然やりづらいです笑。でも、それが強みでもあります。見せかけの数値でコンテンツが左右されないことが紙媒体の今後の強みです」

素晴らしい!と思ったのと、だから週刊SPAは、面白いのか!と納得したのと。
つまり、数値やデータで掴むニーズは浅いんです。
その奥にある深いニーズを、検索KWから作らないからこそ、面白いコンテンツが作成される。

検索不可能性の高いコンテンツは、今後もっと面白く、そして、それを探せるというコンテキストのあるメディアは価値が出て行くんじゃないかと思いました。

自分の頭で考えるとはどういうことか。

時間がない人のための要約文

自分の頭で考えるというのは、自問自答を繰り返すということです。このとき、問いかけがどれだけ強力なものか、大きな問いかけをどれだけ分解できるか、答えを仮説ベースで検証できるか、が使う際に重要なことになります。

 

はじめに

「自分のアタマで考える」ってなんでしょうか。
こういう便利なコトバとか、ビジネス書に書かれていることってそれだけで満足してしまって、
呪文のように唱えるだけで、思考停止に陥ってしまうことが多いと思います。
自分なんかもそのタチでした笑。

そのことの問題点としては、行動に落とし込めないことです。
ビジネスでは行動しなければ成果が出ないので、行動まで落とし込めないといけません。
空・雨・傘のフレームワークにもあるように、空や雨を意識したうえで傘の行動まで持っていくことが大事ですね。

 

自分の頭で考えること、とは?

「自分のアタマで考える」ということで、ブロガーのちきりんさんは、
「知っている知識を一回捨ててゼロベースで思考すること」を、考えることと言っていた気がします。
上司は、「人の意見でなく、自分の意見を持つ」とか。「仕事をゼロベースに目的から考える」とかとも、言ってました。
しかし、それでもなかなか行動には落とし込めないので、私は自分のアタマで考えることを、「自問自答すること」と定義しています。

 

前職の自分の頭で考える環境

前職では、過去の前例や先輩の言ったことを鵜呑みにするのではなく、
「君はどう思うの?」
と言われることが多くありました。

新卒で、仕事を教えてもらっていると、ただそれをこなすだけになってしまって、
自分のアタマの中に疑問文を作って、それに対しての回答を作るということを私は怠りがちだったのです。

しかし、このような環境のおかげで、私もまだまだですが、何か行なうごとに
「目的はなにか?」
「そのための論点はなにか?」
「どうすれば売上を上げられるか?」
などを日々考えて、徐々に実践できるようになってきました。


自分の頭で考えるには?

自問自答を行うことは、比較的実践しやすいと考えています。

まずは思考の補助線として、原理原則(前回紹介した目的・課題・答えのフレームワーク:最強のビジネスフレームワークは、「目的・課題・答え」である。 - 私の2次情報。
  • この仕事の目的はなにか?
  • そのために今課題となっていることはなにか?
  • それはどのように解決できるか?

これらを自問自答して、それに自分なりの答えを用意しておくだけで、かなり自分の頭で考えていることになります。

もし、解決までの答えに至らないなら、
自問自答の、質問・問いが大きい可能性があるので分解しましょう。

または、なにか腑に落ちないとしたら、まずは仮の答え=仮説を作って、それが正しいかその後に検証してみましょう
それだけで、かなり自分の頭で考えることは進んでいきます。

 

おわりに

このスキルは社会人としての「ソフトウェア」となる部分です。
常日頃から、これを意識してスキルを伸ばしていきましょう。
みなさんも忙しくなると、
「親(や専門家)がそう言っていたから」
「なんとなくそう思うから」
など、自問自答・仮説検証せずに、なんとなく行動に移してしまいがちです。

是非、
「今自分が考えるべき問いや論点は何か?」
「それに対してどう答えるのか?」
「そのファクトは何か?」
「ファクトから本当にそう言えるのか?」
「そのファクトは本当か?」
など疑問文を頭に作ったり、紙に書いてみてください。 

その名の通り、「自分のアタマで考える」ことのヒントを与えてくれる本を紹介します。

日本の教育ではこの部分が欠けていると思いますし、そういうことを言う人もいるので、
是非読んでみてください。自分で選択することが現代社会では大切みたいですよ。

 

コンテンツよりコンテキスト

はじめに

今月頭に、facebookに投稿した記事が結構、いい感触だったので、ブログにも編集して書きます。

言いたいことは、タイトルそのままで「コンテンツよりコンテキスト」です。

時代の潮流というか、大きな流れだと思っていて、最近感じるモダンからポストモダンの時代の流れの中の1つだと思ってます。

また別の話になりますが、最近、自分がフィールドワークとか、人と話したりとか、本で読んだ内容とかの「点」の情報が「線」になって知識として理解できたりすることがあります。

人のつながりにおいても、他のネットワークとつながるというか。人脈というよりも、偶然性が大きくて、あるビジョンに共感している仲間が、ネットワークで最適につながり合うみたいなことが起こってます。

今回の話は、こういった「点」→「線」の気づきの中の1つでもあります。

 

コンテンツよりコンテキスト

時代の流れとして、コンテンツよりコンテキストでしょ、って最近思いました。

ここでいうコンテンツというのは、コンテンツマーケティングとか、コンテンツSEOとかっていう意味の、いいコンテンツということでなく、一般的にコンテンツというものと、コンテキストというものの、概念についてのお話です。

今回は3つの事例で、そのコンテンツからコンテキストが重視すべき理由をあげたいと思います。

 

メタコンテンツとしてのコンテキスト。権威主義としてのコンテキスト。

1個目は、コンテンツももちろん大事ですが、メタコンテンツ=コンテキストを把握しておくということは、このコンテンツの溢れる社会で重要だということ。

情報に対する、メタ情報が情報の重要性を規定するということです。

これは一見、権威主義的にも聞こえますし、実存主義か?!教義主義か?!とか、自分反論・一人dialogueしてしまいますが、
そもそも権威主義の世界が成立する蓋然性があるかと言われれば、そんな訳はなく、
新しい技術や革命で変えるべきものもあれば、変わらないものもあるということです。

※これは、今読み返してみると抽象度が高いですが、情報を発信している著者・メディアなどによっても、そのコンテンツの重要性は依存しているということです。

これは一見、偉い人の言うことは何でも正しいのか?という議論にもなりますが、逆にWEB上に溢れるコンテンツはSEOコンテンツもゴミだし、そうじゃないコンテンツもなんかどっかで聞いたことあることを「~するべき3つの理由」とか「~する前に見ておく7つの質問」とか、なんか1個1個見てみると、当たり前のことで、ゴミやんって思っちゃいます。キュレーションメディアとかもそうですよね。

逆に権威主義性がなくなることで、だれでもコンテンツが作れることで、自由になったけど、それってそもそもゴミが溢れるってことだし、権威主義は否定されがちだけど、全くない世界というのも考えづらい。いくら革命が起こっても変わらないものはある。ということ。

情報革命を過大評価しすぎて、ゼロベースすぎるのはいかがなものかと。
とにかく全ての伝統的なものや、権威的だったものが、淘汰されることで合理的な場合はいいと思います。ただ、非合理的な場合も多いと思うんです。

別の話ですが、そういうアナーキズムに燃える人って、IT界隈に多いですよね笑
「大企業なんかじゃ、成長できない!!!」とか。全ての古いものを否定する人です。ただ、こういう人も教義・ドグマの中にいますし、ニュートラルに物事を見れていないということだと思います。

 

コンテンツから始まる思考は、コンテンツの中のみで完結し、コンテキストが変わらないので、根本的な問題解決にならない。

次は、コンテンツから始めると、コンテンツにしか終わらないということで。
コンテンツ的問題解決は、コンテンツの内的世界の解決にしかならないということです。

例えば、これは前々から言ってることなんですが、
「嫌われる勇気」という本を読んで、それを書かれている文字通り=コンテンツ通りに解釈・実行を行うと、全く嫌われる勇気なんか持てないし、むしろ嫌われることを一層怖がるだけということです。

※ちなみに嫌われる勇気は下記の本です。アドラー心理学を勉強するなら、新書になっている方が個人的に好きだったのですが、こちらもいい本だと思います。新書版も紹介しておきます。

そういった人たちの心理フローは下記のようなものが多いと思います。

  1. ある行動を行う。
  2. 結果、嫌われて、傷ついた
  3. 傷ついたけど、これって「嫌われる勇気」を出したってことじゃん!俺は空気が読めないわけでもなく、周りが流されすぎなんだ(自己正当化)
  4. 「お前ら、流されすぎだぞ」とか「お前ら、嫌われる勇気をもてよ」、と発言する(自己正当化だけでは、承認が得られないので、こういった発言で周りに賛同を求めます。)
  5. もちろん、大抵の場合賛同は得られないので、承認が枯渇する。(嫌われる勇気のある状態ではない)
  6. よくある通り、下記3パターンに陥って、結局承認も得られない悪循環。(嫌われる勇気を持てる可能性が一層下がる)

承認が枯渇した人の、精神分析学的によく言う3パターン
エヴァンゲリオンの主人公にこのパターンが当てはまるという理論を作っている人もいます。

  • 周りの目をとにかく気にする。でも、「気にしてないと思わないと」、と、「嫌われる勇気」を発揮して、またコンテンツ上での思考が始まり、承認は得られなくて悪循環。
  • 失敗するのが怖くて何もできなくなる。となると、承認が得られなくて悪循環。
  • 周りに関心がなくなって、社会性そのものが欠乏する。犯罪犯したりし始めそうなので、承認どころか社会的身分も怪しくなる。

これと似たようなことが、ポジティブとポジティブシンキングにもあります。

これは、聞いた話なんで受け売りですが、
ポジティブな人はそもそもコンテキストもポジティブだから、ネガティヴにそもそもとらえない。

でも、ポジティブシンキングは、ポジティブシンキングをしようとする時点で、ネガティヴという自覚があるし、ネガティヴにはじめ捉えてしまう、ネガティヴコンテキストだから、そこから、そのネガティヴに捉えたコンテンツをコンテンツの中で、ポジティブに考えようとするので、結局、根本はネガティヴ。

そして、意識的にやってるから経済的な成果は出るかもだけど、心は辛くなる。

上記の2つ例みたいに、コンテキストの内部で、コンテンツをコネコネやっても結局嫌われる勇気を持てる状態にもなれないし、ポジティブにもなれません。

嫌われる勇気を持っている状態とは、ある行動をしてもし失敗して承認が得られなくても、自己内部の承認というか自己内部の確信があるから。ポジティブというのはそもそもネガティブに捉えないということで、ポジティブにしなければいけないという考えではないから。

つまり、コンテキストそのものを変革させる必要性があるんです。

 

コンテンツ思考は、経済的・ビジネス的な成果も限定的にする。

3個目は、コンテンツで考えると成果も限定的になるという話で。
何個か本とか、人から聞いた話とかを織り交ぜて受け売りで話します。

図にすると下記のような感じ。

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今はMBAとかロジカルシンキングとか、コンテンツ的な思考が流行っていて、みんな熱中してますが、無駄ではないけど、それは必修単位くらいの感覚で押さえておいたほうがいいかなレベルのものかなと思ってます。

というのも、ロジカルシンキングとコンテンツ思考は似ていて、
同じインプットなら、同じアウトプットを出す思考法。

コンテンツの世界でどれだけ効率よく考えるか的な。
となると、だいたいの情報は検索エンジン上にあるし、ロジックってのは分かりやすいから、伝搬しやすいので、競争優位性につながらないです。

また、インプットの点でも検索エンジン以外でも、リソースにしても、big dataは、google,amazonには敵わないし、もちろんヒト・モノ・カネも敵わないし、
ということで、結局先行者優位で競争優位性が生まれない。

MBAとかの人が中途で入ってきた企業って業績怪しくなる気がするんですよね。全部ロジカルに進めて、理念とかビジョンの共感性がなくなるというか。全部管理しやすいから数値で管理をするというか。そして、面白いアイデアなんか生まれないから、結局、残業させまくって、ヒトのリソースで勝負。やりがい訴求で優秀な新卒を集めまくる。みたいな。

コンテンツ思考は大事だけど、そこで終わってたら、なんか面白くない成果で結局ブレークスルーも生まれなくなっちゃう。
となると、直接目に見えないコンテキストを見ていくことが人間的だし、競争優位性も高まる。
と思うんです。

最近思うのは、歴史を知らないと、その場その場の流行りとかを絶対視してしまうけど、歴史的なコンテキストを知っておくことで、大局的に物事を見れるなということで。

ロジカルシンキングも、日本の昔のあうんの呼吸をみんながなんとなく使っている時代がうまくいかなくなったから、欧米式のMBAの手法とかが流行ってるけど、
みんながこういった体系化された方法を使い始めると、そもそも伝搬しやすいものだから、みんなが使えば競争優位性もなくなる。
ということなんだと思います。

だから、教科書的に身につけてはおくけど、なんか、それだけで進められると腑に落ちないってことがあるのかなと。
(これが、ドラッカーの言うモダンな手法ですね。ポストモダンなのに。もちろん、ドラッカーの言う通り、モダンな手法も残業がらはびこってるところに、PMBOK導入したり、タイムマネジメントしたりは大事だと思うけど、それだけではいかんということですな。なんでもシステムシンキングで考えるのは、頭いいと思われるかもだけど、どーなの?的な。)

と、まあ、ロジカルシンキングだけだと、どうしてもありきたりな案しか出てこないし、出てきても、先行事例がないからだめーってなったり、結局金儲けだけやんって感じで共感されなかったりするんだと思います。

そもそも、このロジカルシンキングとかMBAって、一見正しそうなこと言うし、頭良さそうだからカッコイイっていうのがモチベーションになってる気がしますね。

正しいし、頭も良さそうに見えるから、こういったビジネスマンにありがちな「自分仕事できる」「自分正しい」「自分頭いい」とか思いたい人にはちょうどいいんでしょう笑

ただ、それによって下記のようなデメリットもあります。

  • クリエイティビティも失われる
  • 自分のプライドを守るために人の自尊心を傷つけるような発言をする
  • 過度にリスクヘッジばかりを考えて大きなことができない
  • 概して、クリティカルシンキングばかりで建設的でなく、人を評価したがる弱い自意識(そもそもツールで承認を求める時点で自意識病んでるか未熟)
  • すなわちEQが低い

コンテキストとは別の話になってしまいますが、EQの高さや、禅的な思考法って大事だな~今風だな~と個人的に考えている分野でもあって、ポストモダン・コンテキストとかと並んで個人的に時代に潮流と思ってます。
また別の機会に話したいです。

 

おわりに

3つくらい事例をあげました。
コンテキスト時代ですなー!
最近、直感的にもやもやしてたのが、言語化されて整理された。よしよし。

これ以外でも時代の流れだな~と感じる機会が多いので、それをまとめていけたらなと思います。では!

【退職エントリ】新卒で入社したitベンチャーで得た3つのこと。

はじめに

退職しました。渋谷にあるitベンチャーを。
次も渋谷にあるitベンチャーに行くのですが笑。
本当に俺、生き急ぎすぎかなー。公務員なりたいよ笑
 
新卒で入社したのですが、内定後も一年半くらいインターンもやってたので、計3年くらいいました。
 
そこで、大企業?ベンチャー?どっちにすべき?とかよく言いますが、ベンチャーで良かったこと、悪かったことをまとめます!
 

ベンチャーで良かった3つのこと

1:ニュートラルな思考法が身についた・地頭がよくなった。

ベンチャーで働く際に、ビジネスに近い視点で仕事ができたことがまず良かったことです。
 
仕事がマニュアル化されてなく、むしろマニュアル化していく仕事が多かったので、日々ゼロベースにニュートラルに目的に立ち返って思考することができるようになりました。
 
例えば大企業では、聞く話だと、行う仕事は配属された時点で決められます。
 
なので、初めはまずマニュアル化されている仕事を上司から学んで、間違いなくできるようにする、マニュアルの中でやり方だけを工夫して、数値成果を出す。
みたいなことになりがちです。
 
しかし、ベンチャーは「利益を出す」というビジネス視点から、KPIを分解して、どうするべきか?を初めから考えられるので、
よりゼロベースで、手法もニュートラルに限定せずに考えられます。
 
例えば、私はwebディレクションの傍ら、生産性の改善も行っていたのですが、そもそも生産性に対する課題意識・問題点をヒアリング、アンケート調査をするという設計から始めて、この課題を解決するならどんな手法があるのか?ということを考えて進めていました。
 
おそらく、こういった「経験」は、ベンチャーならではだったと思います。
 

2:自分の働き方・強みを見つけられた。

二つ目は、働き方と強みのだいたいの当たりが付けられ始めたということです。
 
ベンチャーは、事業自体の方向転換が早かったり、職種の変更もあります。
 
そこで、webディレクションを基軸に私は様々な仕事を任せてもらえたのですが、このようにいろいろな種類の仕事を多く「経験」できるのは、ベンチャーの強みだと思います。
 
例えば、大企業だと3年勤めてまだ営業を続けているみたいな話を聞きます。
 
ずっと同じ仕事ということもあり、営業スキルは磨けると思いますが、中々他の仕事に適性があるかも?という可能性の検証はできないと思います。
 
私の場合、インターン時代から
など、ざっと思い浮かぶだけでかなり多岐に渡った仕事ができました。
中にはPJ1個分のみという、短いものもありましたが、
その中で向き不向きというのが見えてきました。
 
私の強みは、
  • 情報を編集して、フォーマット化できる
  • アブダクションする力、仮説・アイデアを出す力が強い
  • 観察力が強い
ということがわかりました。
例えば1個目は、HTMLやIA(情報設計)、ガントチャートなどの進捗管理、議事録フォーマットの最適化などで、他者からの「まとめ上手」「議事録わかりやすい」などの評価から、情報構造をまとめて組み立てるのが上手いということがわかりました。
 
または、2個目のアブダクション力は、仮説を出す力なんですが、パートさんで困ってる人がいると、その状況から最悪離職するかも?と考え、事前にヒアリングなどして、感情の爆発を事前に回避したり、
ユーザーヒアリングなどの定性的なデータから、課題を仮説としてだ出し、施策に反映し、効果をあげたりなど、「そういった視点もあるのか!」「鋭い!」などの評価から見つかりました。
 
3個目は、社内の状況を観察して、人のいい部分を見つけて、フィードバックしたり、改善点などを婉曲的に伝えることで、ポジティブな環境になった時に、「よく見てるね!」などの評価から見つかりました。
 
やはり、多様な仕事をすることで、それらに共通してる強みを見つけられるものだと思いました。
 
また、ベンチャーは残業が多いのですが、そういった中で自分はガムシャラに仕事をするワークスタイルでなく、定時であがって、社外でのフィールドワークや友人からのヒアリングから、ビジネストレンドやインサイト発見していくほうが向いているとも気付けました。
 

3:意識の高いということをいろんな観点で学べた。

ベンチャーにいる人は意識が高く、土日も仕事か勉強をしていることが多いです。
 
そうした中で、もちろん私も生き急ぎすぎかもしれませんが、勉強をしてますし、それが習慣化されました。
 
また、ある程度フレキシブルに勉強会やセミナーに参加でき、同じような志向の人が集まりやすいので、社外人脈の作成も容易にできました。
人脈というよりも、共感した弱いつながりと、自分は定義したいですが。
 
また、意識高い人を観察する中で自分の人間の人格のペルソナというか、類型化しているパターンの中で、どういった精神構造なのか?のあたりもつけることができました。
これは、人生論を考える上で役立ってます。
 
 

ベンチャーで悪かった3つのこと

1:スキル面での成長が遅い
ベンチャーはなんだかんだ言って、ノウハウは皆無です笑。
「経験」は積めますが、「知識」は習得はしづらいです。経験と知識は一対一がいいと考えているのですが。
だからこそ、作っていく喜びもありますが、いつの間にか井の中の蛙でノウハウが全くなくなるという危険性があります。
 
本を読んだりして勉強熱心ですが、所詮書籍化されてる程度の内容ですし、大企業のノウハウはすごいものごあるなと社外の方との交流で思います。
 
もうすでに磨きたい専門性が決まっているならその道のプロがいる企業がいいと思います。
 

2:インフォーマルな評価が重視され、サークル気分が抜けない

フォーマルな評価は、社内の人間が作っていくので、ドグマを通さないで評価されますが、
人が少ない分、インフォーマルな評価は、大きく反映されやすいです。
 
新しいPJへの配属は、気に入られた人が採用されることが多いのが現状です。
 
良くも悪くもサークル乗りで、仲間と楽しく、といったところは、どうしても抜けない部分だとも感じました。
 

3:意識の高い病にかかってる人が多い

意識の高いことによるメリットもありますが、デメリットもあります。
 
まず、何かしら成長しなければいけない、といった強迫観念に晒されてる人が多く、いつも勉強や仕事がしてないと不安、生き残れるか不安といった、不安な人が多いです。
 
よく言えば危機感が強いんでしょうが、あまり幸せそうには見えなかったです。笑。
 
常に不安に晒されて、ラットレースを駆けるハムスターのような感じで、どんなに努力しても、数字を上げても、自己不全感に悩まされてました。
 
そして、プライドが高い人も多かったので、そのせいで人の自尊心を傷つけるような発言が出たりなど、辞めていく人がいたのも事実です。
 
 
こんな感じですが、もちろんベンチャーだから、大企業だからと単純にはくくれないです。
 
ただ、ベンチャーは薄給で遅くまで働くということは概ね確からしい事実ですかね笑
 
まあそんな感じ。
次の会社では強みを活かしてまた頑張ります!では!

できるビジネスマンの強い質問と、努力するビジネスマン。

できるビジネスマンはの持つ強い質問「なんのために?」

仕事ができる人は、強い質問を持ってると、できる人を観察していて僕は思ってます。
強い質問があれば、強い答えがあるからです。

その中の一つが、「なんのために?」だと思ってます。

強い質問を持つ背景にある努力するビジネスマンの2つのタイプ

社外のフィールドワークで気づいたことは、めっちゃ努力してるは人もいれば、全然してないで全然やってける人もいる。
※だから、生き急がなくてもいーかなーとか思ってるんですが笑。
なんか、努力してる人は危機感で脅迫感に駆られてて、何もしてても幸せそうじゃないから笑

めっちゃ努力している人の中には、
「なんのために?」が明確な、努力の方向性を誤ってない人もいれば、
がむしゃらに努力してる人もいます。

前者は比較的、ベンチャーとか小さい会社の人が多く
後者は、大手の、コンサルとか広告代理店のひとが多いです。
印象ですが笑

たぶん、前者の人はリソースがあんまないから、貴重なリソースを集中させないといけないことがあると思います。

だから、今回の強い質問が必要になってくるんだと思いました。
自分も最近この質問が出てくるようになって、身体化できたのは、先日辞めた会社のおかげだと思ってます。

後者の人は、比較的にリソースもあるので、年収もいいし、
「とりあえずMBA
「とりあえず留学」
「眠いけど、とにかく英語」
といった感じです。

これを見ている人は、前者の方がスマートだと思うと思います。
僕もそう思ってました。

「なんのために?」の逆算思考は、スマートか?

でも、何事もこの前のjoe itoさんの、ポストモダンな「計画不要説」みたいに、計画通り目標に向かっていればいいのか?と言われると、
状況も変化するし、その目標を設定した時の情報(その時の目標)であって、
知ってるレシピ本の中で一番作りたい料理を作ったけど、
あとになって、もっと作りたいレシピが出てくることがあると思います。

※自分が目的からなんでも始めることには、3つの懐疑的なポイントあるのですが、それの1個。
もちろん目的からとらえるという視座も必要と思いますが。

何が言いたいかといえば、なんかがむしゃらにやってきた人は、
非言語的なノウハウが身体化されてることが多いのと、
目的合理じゃない寄り道をしてるから、教養があって、なんか全体観がある、大局観が磨かれてると思います。

話していて、なんのために?、を使わないからこそ、出てくる知識とかにハッとさせられるというか。
最短距離をスマートに進んでるわけじゃないからこそ、見える景色があるというか。

いい悪いじゃないって毎回玉虫色の結論になりますが、
強い質問も、時と場合によりけり。

例えば、モダンなロジカルシンキングの問題点

ロジカルシンキングを学んでいると、イメージだけど、ある構造ができて、その構造と違う場合は、構造通しの争いになって、
結局、競争になって、共創につながらない。

強みとかはそれぞれの志向性があるから、それではいけないと思います。共創が必要だと思います。

最近はそれにEQが大きく関わってきてるのかな?と思って、EQに手を出したりしてますが。

なんか、毎回定性的で、仮説だけですが、案外自分の言いたいことが伝わっていないことが最近多いと気づきました。
伝わってるのか不安。
まあ、備忘録的意味合いが強いからそれでもいんですが!笑

よし、今日もマイペースに勉強します!

【まとめ】katy perry,magicにはじまる洋楽の邦題ってなんでこんなださいんだ。

時間のない人のための要約文

katy perryとか、magicとか、billboardで話題になった洋楽は日本にも邦題がついてやってきます。しかし、なんでどれもこんなダサイんでしょう笑。roarは、「ロアー~最強ガール宣言!」だし、rudeは、「ルード☆それでも僕は結婚する」です。最も付加価値の低い仕事は、流行りの洋楽に邦題をつける仕事なのではないかと思いました。

 

邦題がださい洋楽まとめ

  • katy perry "roar":「ロアー~最強ガール宣言!」
    最強ガール宣言ってなんだよ。
  • MAGIC!  "Rude" :「ルード☆それでも僕は結婚する」
    ☆マークが異様にダサくしている。
  • Taylor Swift  "We Are Never Ever Getting Back Together" : 「私たちは絶対に絶対にヨリを戻したりしない
    長い。テラスハウスでも話題になりましたが。
  • Taylor Swift  "shake it off" : 「シェイク・イット・オフ~気にしてなんかいられないっ!!」
    ~でつなぐのもダサイ。
  • Flo rida "LOW" : 「今夜はロウ☆ロウ☆ロウ」
    今夜は~系は洋楽の邦題界隈では結構あるみたいです。ロウロウロウも、☆もダサすぎますね。

意見・感想

日本で、こんなダサイを邦題をつけてしまうと、UX的な観点だと
iPodで洋楽聞いてる俺カッコイイ」
みたいな自意識も、一気に吹っ飛んでしまいそう。

日本での売上がもし低迷しているとしたら、真っ先に邦題を疑うべきですね笑。

それにしても、こんな邦題をつける仕事は付加価値低すぎるだろ、とも思うのですが。もしかしたら、こうやって「ダサイ」ということで、メディアに取り上げさせる戦略なのでしょうか?

それにしても、ブランドイメージが大事な音楽業界で、このダサさはないなと思いました。

洋楽は、日本版を買わないにつきますね。